2017/09/30

テーマ:介護 仕事

介護は誰にでも出来る仕事か

一年ほど前になるが、ホリエモンこと堀江貴文氏が「介護のような誰にでも出来る仕事は永久に給料は上がらない。いずれロボットに置き換わる」とツイッターでつぶやいた内容が介護業界に波紋を広げたことは関係者であれば記憶に新しい。堀江氏は介護業界の構造的な問題(介護報酬が保険制度によって決められている=給料がその枠組みを無視して上がって行くことは難しい)を指摘したに過ぎなかったようだが、実際に現場で働いている介護職からすれば、言い方の問題もあってかとても許せるものではなかったらしい。ソーシャルネットワーク上でのコメントの応酬を見る限り、 「作業として介護している職員もいるので一概に否定することは難しい」と冷静に受け止めている人は一部いたものの、大半の人は、「介護は誰にでも出来る仕事ではない」、「どれだけ大変な仕事かわかって言っているのか」、「だったらお前が認知症介護をやってみろ」とことのほか感情的に反応していたようである。あまり噛み合わないそれらのやり取りに、個人的にではあるが、介護業界が抱えている問題のひとつを垣間見た気がしている。

 

「介護は誰にでも出来る仕事ではない」。弊社は介護業界で離職・転職の相談を受ける人材派遣・紹介会社である。介護の仕事が合わずに業界から離れて行く人も見て来ているだけに、実際そう感じることは多い。あまたの介護職がそう発信したい気持ちも痛いほど理解出来る。しかしながら、今の時点でも約200万の労働者を抱えている業界であり、専門性が必要とは言え、未経験者が就ける仕事でもあることも確かである(経験が浅くても活躍している人がそれなりの数いる) 。そのような業界にあって介護職自身が、「誰にでも出来る仕事ではない」と世間に発信したとしても、介護に関ったことのない人から見ればそれらは少し虚しく映るようである。隠さずに言えば、介護に関りの薄い人は、介護の仕事の大変さ(いわゆる3Kというマスコミに植え付けられたイメージ) は理解していても 、仕事の難しさまでは理解してくれていない(自立支援の概念を聞いて驚く人間は今でも私の周りにたくさんいる)。「誰にでも出来る仕事ではない」=「それだけ精神的にシンドい仕事なのだ」とその部分を特に強くアピールしてしまう介護職も一定数いることから、強く発言をすればするほど、「そんなにシンドイなら辞めればいいのに」、「他に就ける仕事がないから頑張っているだけでしょ」と軽く受け止められてしまっている印象である。

 

”世間から見た介護の仕事に対するネガティブなイメージ” VS ”介護の仕事の難しさやそれらの価値を世間にうまく訴求出来ない介護業界”。ここにこそ、業界としての弱みがあり、成長して行く上でのヒントが隠されているのではないかと私は考えている。もちろん、介護業界が抱えている課題は他にもたくさんあるのだが、世間の持つネガティブなイメージや発信(最近は、それらをビジネスにし始めている人もたくさん見掛ける)に対して感情的に反応したり、業界内だけで文句を言い合っているだけでは、将来を担う、職の選択肢も多いであろう若い介護職の自尊心やプライドは育ち難い。まずは、介護業界や介護の仕事にネガティブな発信をして来る人に対して、実態を踏まえ、冷静にかつ自信を持って発信して行くことが大事である(たとえば以下のような感じで反論して行ってみてはいかがだろうか)。

 

「介護は誰もが就き易い仕事であるが、誰にでも適性がある訳ではない」。

本人が”出来ている”と思っていても、周りからは"出来ていない”と思われている介護職は多い。恐らくは、介護現場で実際に仕事をしている意識の高い介護職であれば、ここを一番に伝えたいのではないかと思われる。人手が不足している業界にあっては、仕事に就き易いことは確かであるが、介護業界関係者以外から見れば、仕事に就けている=介護の仕事が”出来ている”と同じ括りにされてしまっているようである。決して言葉遊びをしているつもりはないのだが、こういった場面では、”出来る”、”出来ない”ではなく、”適性がある”、”ない”を使った方が外部の人には伝わり易い。いくらビジネスで成功しているような人でも、介護職としての”適性”については全くなさそうな(少なくとも自分はこの人から介護サービスを受けたいとは思えないような)人がいるのと似た理屈である。さりとて、これらの評価や判断のほとんどは(利用者本人からの評価が得難い、数値で表すことが難しい分)、介護サービスを提供する側の主観となることが多い。”適性の有無”を判断している人に”適性がある”とは限らない無限のループこそが、介護の仕事の難しさのひとつであり、それらを理解している管理職がそこまで多くないことが更に介護現場の問題を複雑化させている理由のひとつでもあるのだが、、、それらの話は別の機会に譲ることにする。

 

「介護の仕事は、ロボットと介護職が共存できる余地がたくさん残されている」。

介護の仕事は(人が不足するなら)ロボットに任せておけばいいと思っている人は多い。恐らくは介護がそれだけ定型化された仕事(同じことの繰り返し=単純作業)だと思われているからであろう。確かに、実際の介護の現場においては、(ロボットに任せられるような)定型化された業務はいくらかは存在する。しかしながら、それらの前提として介護は、介護サービスを受ける側の人生であり(高齢者介護に限って言えば)余生をデザインする仕事であり、ロボットが最も苦手とされているクリエイティブな思考が求められる難しい仕事でもある。ロボットが介護現場に増えて来れば、介護職は今まで以上に付加価値の高い介護サービスを提供できる可能性が高い。それに、ロボットや人工知能に置き換えられると言われている仕事は、他にもたくさんある。日本に存在する業務の5割強はロボットによって自動化できるといった調査結果(米マッキンゼー・アンド・カンパニー)もあるくらいである。置き換えられる仕事に、給料の高い低いは関係ない(むしろコスト的に高い人たちの方が効果が高い分、置き換えられ易いと言われている)。「介護は誰にでも出来る仕事である(自分たちの仕事の方が難しい」とネガティブな意見に共感してしまう人たちの仕事の方がまずはロボットに置き換えられてしまう可能性の方が高い。

 

介護業界が抱えている構造的な問題は、一朝一夕に解決することは難しい。しかしながら、現場で働く介護職が社会の文脈に沿って介護の仕事の価値を発信して行くことは可能である。我々は、介護職がプライドを持って働けるよう支援して行きたい。「介護は誰にでも出来る仕事である」といった心ない批判に負けて欲しくはない。ネガティブな発信や記事を目にする度に、たぎるような思いが募る今日この頃である。

2017/09/13

テーマ:介護職員 転職

介護業界にあってもやっぱり転職は慎重に

日本の産業全体が人手不足状態になりつつあることは前々から言われている。その中にあっても介護業界は特筆すべきものがあり、世間においては離職率の高い業界としても認知されている 。需要(介護サービスを受ける高齢者や介護施設の数)の急激な伸びに対して供給(現場で介護サービスを提供する職員の数)が全く追い付いておらず、更には、収入も介護保険に依存する法人や事業所がほとんどであることから(≒辞めてからの選択肢が多く、待遇面においても他の会社と大きな差がつき難い)、人手不足にプラスして、介護職員が辞め易い環境が整っていると言っても過言ではない。介護業界の重鎮と言われるような方々でさえ、売り手市場であることを理由に転職を勧めるような発言を繰り返していることから(質の悪い介護サービスを提供している事業所からは足を洗うべき、自分に合った職場を徹底的に探すべきなど) 、転職に対する心理的ハードルは他の業界に比べて圧倒的に低いのではないかと思われる。

 

介護職員が離職してしまう主な理由としては、職場の人間関係や法人経営のあり方などに問題があるとされている(介護労働安定ンター調べ)。確かにそれらが主たる理由であろうことは、実際に転職相談に来る登録者の話を聞いていて我々も感じている。ただ、最近は、安易に退職(≒転職)を選んでしまう介護職が増え来ていることも確かである。果たしてその転職にプラスの要素はあるのかと疑問に感じるような場面に遭遇することは多い。先日もとある特別養護老人ホームの施設長から、「問題行為のあったユニットリーダーを注意したところ、そのユニットにいる介護職のほぼ全員に辞められてしまうことになってしまった。交渉はしてみたが、引継ぎの時間も取ってもらえない。どうにか急ぎで新しい人材を工面してもらえないか」と相談を受けたばかりである。


多くの介護職の転職場面を見て来てわかり始めたのは、たとえ離職率の高い介護業界にあっても、実際の転職には良し悪しがあるということである。成功している介護職がいる半面、失敗(に見えてしまうような転職)を繰り返している介護職も同じくらいいる。そこの境目については我々のように実際に介護現場に足を運び、対面で人材派遣・紹介事業を行う会社でなければアドバイスできないことは多いように感じている。アドバイスと言えるほどのものではないにしても、我々は縁のできた介護職の人たちに安心して長く働き続けてもらいたいという強い思いを持っている。失敗を繰り返してしまう介護職にとっては耳の痛い内容になるかも知れないが、それらの思いを以下3点に整理してみたい。

 

【転職するしないは自分の意思で選んだ方がいい】

前述した特別養護老人ホームのように、介護業界には、負の感情を振りかざして同僚の介護職を引き連れて辞めようとする人が少なくない。そのような人は、周りのメンバーを巻き込んで退職することで、自身の退職を正当化することが最大の目的となってしまっている。それぞれにとっての生活があることを考えれば、その人を思えば思うほど、安易に退職を促すことなどできるはずがない。それに、次の職場にまとまって入職したとしても(実際にそのような形で受け入れる介護施設も多い)、負の感情でまとまった仲間意識などそう長くは続かないものである。雰囲気に流されて転職したことを、今にして思えば辞めてしまったその介護施設は自分にとっては働き易かったと後悔している介護職に出会うことは多い。人生は選択の連続である。仕事の選択に他人の負の感情を絡めていいことは恐らくない。転職は(しないこと含めて) 自分の意思で選んだ方がいい。

 

【後ろ足で砂をかけるような辞め方はしない方がいい】

続く話として。注意されたことの腹いせに、突然辞めるなどして、法人や職場に迷惑を掛けて辞めようとする介護職は少なくない。介護業界は広いように見えて実は狭い。働く人たちの流動性が高いこともあり、次に選んだ職場にそのような辞め方をしたことを知る関係者が絶対にいないとは限らない。うわさ話や迷惑を掛ける範囲が自分の想像を超えていることもある。 働き易い職場に”縁”のある介護職は、辞める時の”縁”も大事にしている人が多い。数年前に勤めていた法人に声を掛けられ元の職場に戻る人もいれば、紹介された知人の介護事業所で要職に就いて活躍している人もいる。これからも続く介護での職業人生、今辞めようとしている職場関係者にお世話になる可能性はゼロではない。どんな状況であれ、やはり失礼な辞め方は控えた方がいい。

 

【自分を裏切るような辞め方はしない方がいい】

これも続く話になるが、恐らくはこれが一番重要である。利用者本意と言い続けて来たのに、何よりもその思いを大事に介護して来たのに、法人幹部や上司との衝突によって、全く利用者本意ではない(引継ぎの期間を設けない、突然来なくなるなどの)辞め方をしてしまう介護職は少なくない。たとえそれらに正当性が認められたとしても、実際のところ、自分が介護して来た利用者に害が及んでしまう可能性が高い。それらの行為は、介護職としての自分のプライドを自ら傷付けてしまうことと同じである。時が過ぎてから、そのような辞め方をしてしまったことを後悔している介護職にお会いすることは多い。もちろん後悔などせず、同じような辞め方を繰り返している介護職もいるが、そのような人が働き易い職場にありつけているといった話は10年事業をしていて聞いたことがない。やはり介護職としての自分の価値を棄損するような辞め方はしない方がいい。

 

「転職は慎重に」。随分前に大手求人広告会社が使用したキャッチコピーではあるが(それなりの年齢の人であれば覚えている人は多いかも知れない)、まさにそんな思いが日に日に増している。 介護の職場の人間関係は、自らの働き掛けで変化することは決して少なくない。壁を作られている相手の原因は、ひょっとしたら自分にもあるかも知れない。法人経営のあり方も、経営者は利益を考えて当たり前である。介護の質よりもお金のことばかり考えているように見えてしまうのは、ひょっとしたら自分たち介護職員の待遇を少しでも上げたいと思ってくれているからかも知れない。見方を変えてみたら、自分にとってはまだまだ成長のできる介護の職場であり、今のタイミングでは転職しない方がいいのかも知れない。とりとめのない内容になってしまったが、最後に「失われた時を求めて」のマルセル・プルーストの言葉で締め括ることにする。

 

真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ。

2017/08/31

テーマ:介護職員 求人

介護職員に求められる”普通”とは

採用・育成に悩む介護施設・病院担当者から求人の相談をもらう際、”普通の人”という条件を提示されることは意外と多い。もう少し深堀りしてみると、高望みはしないからどうにかして人を集めて来てもらいたいというひとつの基準としての”普通の人”と、”普通ではない人”を採用して来てしまった過ちをこれ以上繰り返したくないという二元論としての”普通の人”。大きく分けると”普通の人”にも2種類あり(もちろん全てがあてはまる訳ではない)、前者と後者とでは人材の捉え方や職場の状況には大きな違いがある。

 

前者のような介護施設・病院については、どこも人手不足な状況だけに、気持ちだけは痛いほど伝わって来る。しかしながら、多様性に富んだ今の時代、”普通の人”の基準とは一体どこで測ればいいのかわかり難い。人材を紹介・派遣する会社としては、当人を知れば知るほど、付き合いが長くなれば長くなるほど、他の人との違いが鮮明になり、”普通の人”としては捉え難くなる。それは決して悪い意味ではなく、それこそが個性である。前者が安易に”普通の人”を基準にしてしまうのは、自分の介護施設・病院で働く介護職員それぞれの個性(趣味や嗜好、特技、休日の過ごし方など)を掴み切れていないからかも知れない。職員それぞれの個性を掴めているなら、まずは”普通の人”の存在を疑えるであろうし、採用・育成がうまく行っている介護施設・病院ほど、思いのほか個性の把握に努めていることが多い。前者に足らないのは、人であるよりも先に、今いる介護職員との対話である可能性が高い。実際、人材派遣・紹介会社にはその脈絡(うちの施設にはお酒好きが多いなどでも構わない)で求人の相談をしてくれた方が、転職相談者にも声掛けがし易い(渋谷の交差点のど真ん中で、誰か話を聞いてくれませんか?と闇雲に叫ぶより、そこのサングラスしたGパン履いてるお兄さん話を聞いてくれませんか?と声掛けした方が確実に足を止めてもらえるのと似た理屈)。

 

少々問題の根が深いと感じるのは後者である。”普通の人”を求める発言の裏には、人材を”普通の人”か”普通ではない人”かに安易にジャッジしてしまう求人担当者側に染み付いた癖があり、さらには、事業がうまく回らない理由を”普通ではない人”と決め付けた介護職員に責任転嫁している可能性が高いからである。後者のような介護施設・病院にとっての”普通の人”とは、「言われたことだけまずはやってくれる人」(なぜかと聞けば、うちにはうちのやり方がある。経験を振りかざして勝手に介護する人は指導し切れないからと)、「”普通”(ここでも更に)にコミュニケーションの取れる人」(みんな忙しい。わからないことがあれば自分から聞きに来て欲しいからと)、「空気を読んで動ける人」(うちには経験者が少なく、介護のマニュアルもあまり整備されていない。自分の頭で考えて動いて欲しいからと)を指すことが多いようである。何やら矛盾めいた”普通”が多いのも特徴のひとつであるが、、、要するに、介護施設・病院側の課題には目をつぶって都合よく動いてくれる人が”普通の人”となり、動いてくれない、もしくはそれらの課題が気になってうまく動けない人は”普通ではない人”扱いされてしまうのである。どこの介護施設・病院も課題をすぐに解決できるほどの余裕がないことは理解できるが、これでは”普通”を求められる介護職員があまりに気の毒である。

 

とどのつまり、”普通の人”の枠組みとは、人それぞれの主観に過ぎないことがわかる。採用・育成する側にとっての”普通”とは、自分たちの理屈を通したい時、もしくは自分たちの立場を正当化したい時の枕詞にもなり易い(他に、”常識”、”当然”、”当たり前”、”一般的”、etc)。最近は介護職員の質が劣化しているといったニュースがよく流れるからか、介護業界全体として、大半の問題は介護職員の質にあるという他責思考が蔓延している。介護現場で何か自分たちにとって不都合なことが起きてしまうと、それらは全て”普通ではない人”の問題として処理されてしまいがちである。もちろん働く側の介護職員に問題はないなどといった妄言を吐くつもりはない。今の質に留まっていては、恐らくは安心して介護サービスを受けられる超高齢社会は訪れない。ただ、医療・介護保険制度上、自分たちの課題を改善するのは無理であると早くから白旗を上げてしまっている介護施設・病院が多い中、(努力している介護施設・病院もたくさん知っているだけに)起きている問題のほとんどを介護職員の質のせいにしてしまうのはフェアでないと感じることは多い。自分にとっての”普通”があるように、相手にとっても”普通”がある。採用・育成に悩む介護施設・病院担当者は、まずは、働く介護職員にとっての”普通”がどのようなものであるか想像することから始めてみてはいかがだろうか。

2017/08/17

テーマ:ご挨拶

経営者ブログはじめました

介護業界に足を踏み入れてから10年が経つ(会社設立の準備期間含む)。一都三県を商圏とする小さな会社ではあるが、人材を派遣・紹介してきた介護施設や病院数は延べにして2,000近くに上る。いろんなトラブルを処理して来た自負もあり、介護・看護職が抱える職場の悩みやクライアントである介護施設・病院の採用・育成面での課題に少しはアドバイスできる立場になって来たのではないかと感じている。

 

しかしながら、介護業界全体としては増え続ける求人数に対して求職者の数は全く追いついておらず、人事施策で成功している介護施設・病院の数はその総数に比べて圧倒的に少ないのが実態である。しかも財源が限られていることから、そこで営利目的に動く人材派遣・紹介会社が(無駄に採用コストが掛かると)批判の目に晒されることは思いのほか多い。誤解も多分に含まれているが、業界としての離職率が高止まりしている以上は謗りを免れないと冷静に受け止めている。

 

介護業界における人材会社のあるべき姿は、求人している介護施設・病院に介護・看護職を派遣・紹介するだけでなく、お互いにとって納得のいく雇用関係(正社員、派遣、どちらの働き方が正しい間違っているという単純な話では決してない)や職場環境を作り出せるよう両者の間を取り持ち、そして定着する(離職率が下がる)よう支援して行くことだと考えている 。ただし、我々が相手の状況をわかった気になってそれぞれにアドバイスを送ったとしても、それらはなかなか理解してもらい難い。相手にとっては不快であったのだろうと後々気付かされることは、人材ビジネスに従事している者であれば恐らくは誰しもが経験しているのではないだろうか。

 

コミュニケーションはどちらか一方の働き掛けだけで成り立つものではないが、そもそも相手をわかった気になってしまった時点で疎かになり易い。我々も相手の全てまではわかっていないし、相手にも我々の全てまではわかってもらえていない。多様性社会と言われる今の時代、わかりあえていないことを前提として、常に相手に関心を持ち続け、また関心を持ってもらえるよう働き掛け続けることが大事と考える。自社や介護現場における人間関係もきっと似たところがあるに違いない。「わかりあえないことから始めてみよう」。そんな思いが募って始めるブログであり題名である。

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