2018/03/07

テーマ:介護職員 言葉遣い

意外と侮れない介護職員の言葉遣い問題

介護業界には、堅苦しい敬語や丁寧語などは使わずに、利用者のことを愛情を込めて爺ちゃん婆ちゃんと呼ぶ介護職が一定数いる(中には重鎮と呼ばれるような介護職でさえも)。そのような言動を見て、他の若い介護職が真似をしてしまう、そのような言葉遣いを止めさせるべきと批判的な考えを持つ介護職がこれまた一定数いる(映画自体の評価は別にして、「ケアニン」に登場する介護職の言葉遣いを陰で批判していた人もいたと聞く)。ネット上においても、高齢者に対する尊厳の観点からして絶対にあり得ない、赤ちゃん言葉やタメ語など以ての外といった意見から、時と場合による、多少なりとも崩した方が距離感は縮まるのではないかといった意見まで、兎にも角にも幅広い(もしくは狭くて深い)論争が繰り広げられている。中には介護職員の虐待は言葉遣いの乱れから始まるといったドキッとさせられるような内容も。こんな言い争いが起きるのは介護業界くらいだ(それ程レベルが低い)と自嘲的に語る介護職もいるようだが、私は全くそうは思わない。介護職同士の誹謗中傷含め、介護職員の言葉遣い問題に関わるこういったやり取りにこそ、介護業界が抱える問題であり、介護の仕事をマネジメントすることの難しさが浮き彫りになっているのではないかと感じている。

 

そもそも(言うまでもなく)言葉とは、相手とコミュニケーションを図る上においては、”手段”のひとつに過ぎないはずである。それにいくら敬語や丁寧語といった言葉遣いに気を付けたとしても、言語(バーバル)よりも、声の大きさや顔の表情といった非言語(ノンバーバル)の方が、コミュニケーションにおいて重要な役割を担っていることは、仕事の分野を問わず、介護業界でもよく耳にする話である(丁寧な敬語を使う慇懃無礼な人間は探せばいくらでもいる)。しかしながら、こと現場で働く介護職の評価となると、敬語がうまく使えない、もしくは馴れ合って言葉を崩すような(職業倫理的に見てレベルが低く見える)介護職は、この業界から去って欲しいといった(以前から述べている表面的な部分で人を判断するような)排他的思考が強く作用してしまう。常に利用者本人からの評価よりも、(本人評価が得難いことも理由のひとつではあるが)一緒に働く仲間や声の大きい介護職からの専門職としてのあるべき論の方が優先されてしまう傾向が強いのも介護の仕事の特徴でもある。恐らく答えは、その場にいる利用者と介護職の関係性からしか見つからない。厳しい口調の丁寧語で利用者とトラブルを起こしてしまう介護職もいれば、やさしいタメ語を使ってそこから物凄く深い(他の介護職には心を許してくれないレベルにまで)関係性を築いている介護職も実際にいる(この辺りの真実は、多くの介護現場に実際に足を運ぶ人材派遣・紹介会社でなければわからないことかも知れない)。介護職員の言葉遣いはあくまで周りから見える現象のひとつであり、それらが利用者との関係性にどう影響しているかどうかまでの本質(現象の反対語:誰にでも見えるものではない)を見極められてこそ本物の介護職(管理職)と言えるのではないだろうか。

 

批判的な考えを持つ介護職(管理職)の中には、言葉遣いから介護サービスの質が劣化して行く(放置すればいずれは虐待に繋がる恐れがある)といった強い危機感を持つ人も多いようである。言葉遣いが荒れてしまうと上から目線でものを言う介護職が現れる一因となり得ることから、そういった考えに至ることはもっともである。また、一定の距離を置くための丁寧な言葉遣いは、介護職にとって、自己抑制だけでなく(寄り添うからこその)自分の傷付き易い感情を守るために敢えて作り出す薄皮のようなもの(介護業界で長く働く秘訣である)などといった意見は、長い経験を積んだ介護職(管理職)ならではのものと唸らされる。ただ中には、マネジメント上の問題(管理者視点)と利用者に求められている介護サービスの質の問題(利用者視点)とをごちゃ混ぜに考えてしまっている管理職がいることも確かである。このような管理職に限って、それぞれの状況を把握しようともせず、頭ごなしに敬語や丁寧語を使わない介護職を徹底的に批判する傾向にある(時に同郷人同士の片言の方言のやり取りさえ)。繰り返しにはなるが、本来、管理職が見るべきは、(言葉遣い以上に)介護職と利用者との関係性のはずである。実例を踏まえて話をするなら、管理職の目の届き易い小規模の介護施設であれば、爺ちゃん婆ちゃんといった感じで多少言葉遣いを崩したとしても、介護職それぞれの言葉遣いが利用者との関係性にどう影響しているか把握し易い。関係性が崩れているように見えればすぐに修正も図れる。個別性にうまく対応出来ているからであろう、実際、評判の良い介護施設はこの規模に多かったりもする。目の行き届き難い中規模以上の介護施設においては、当然のことながら管理職がそれらの関係性の全てを把握することは難しい。そのような環境下で一定のサービス品質を保つためには、言葉遣いはやはり敬語や丁寧語に統一しておいた方がマネジメント上、無難である(地場の喫茶店と大手チェーンのレストランの従業員の言葉遣いを比べてみるとわかり易い)。もしも私が中規模以上の介護施設の管理職を任され、崩れた言葉遣いをする介護職が同じ職場にいたとするなら、(頭ごなしに叱るのではなく)「あなたの利用者との関係性を構築するコミュニケーション能力は評価するが、形だけ真似をする人が出て来ると困る、私が全職員と全利用者それぞれの関係性を把握し仕切れない以上、敬語か丁寧語を使って欲しい」と伝えるか、「私にはあなたと利用者の関係性を見抜く力がないので、敬語なり丁寧語を使ってもらえないか」と恐らくはお願いするであろう。

 

利用者にタメ語を使う介護職をありとするなら、ご家族が来た時はどうするのか、タメ語と敬語を使い分けるなんて絶対にあり得ないと介護業界の勉強会の場などで私に直接言って来る介護職(管理職)もいる。これはこれでもう少し柔軟な捉え方をした方がよいのではないかとアドバイスを送るようにしている。以前、ご高齢の某有名ファッションデザイナーが雑誌か何かのインタビューで、自身がICUに入院した際に看護師から受けた言葉遣いについて、「子どもをあやすような言葉遣いは(不安が紛れることもあり)嬉しく感じたが、家族が来た時くらいは最低限使い分けて(自分に敬語を使って)欲しい。見ている家族が困惑する」と(いった感じのことを)述べていた記事(ネットニュース)を目にしたことがある。非常に共感できる話であり、示唆に富んだ話でもある。近い話として(個人の体験談:全くの余談)、幼い頃よく通っていた床屋の店主が、自分のことを普段は「おい坊主」と呼んで来るのに、親と一緒に行った時に限って「坊ちゃん」とよそよそしく接して来たことを思い出す。絶対に敬語を使うべきといった介護職は、排他的思考が強く働いてしまい、心理学用語で言うところの認知的複雑性が低くなってしまっているのかも知れない。認知的複雑性の低い人は、どの次元も、自分の”好きー嫌い”や”常識ー非常識”といった単一的なものの見方に固執しがちであり、複雑さをそのまま受け入れることが苦手であると言われている。”目的”と”手段”を切り離して考えられる介護職であれば、”手段”(この場合は言葉遣い)に絶対がないことは理解できるのではないだろうか。そもそも関係性を築くコミュニケーションとは自分の働く職場だけを題材にして全てを語れるほどそんな単純なものでもない。これからは、敬語や丁寧語など全く使えない外国人介護職も自分の職場に増えてくる時代でもある。

 

回りくどくなってしまったが、(そうは言いながらも)私は決して利用者との距離感を縮めるためには多少なりとも言葉遣いを崩して構わない(そんな小さなところに拘るべきではない)といった考えを持っている訳ではない。ある程度の規模を持つ介護施設であり介護サービス事業者としては、介護の質を一定に保つ(ある程度の標準化を図る)ためには、介護職には敬語なり丁寧語を使わせるようにした方がマネジメント上、無難であることは間違いない。それに、多くの介護職が言う通り、(本当の気持ちは利用者本人にしかわからないが)敬語や丁寧語でも利用者との距離を縮めることは恐らく可能であろう。言葉遣いを注意されてしまう介護職は、周囲から気になるといった意見が出て来るのであれば、耳を傾け、自分の言葉遣いを見直してみることをお勧めしたい(職場内での余計な争いは極力控えたい。ここまで騒がれる以上、介護現場での言葉遣いは、対利用者以上に一緒に働く仲間へのマナーと言ってもいいかも知れない)。ただ、私は、(順番の問題にはなるが)何よりも先に、介護職は絶対に敬語や丁寧語を使うべきといった意見を耳にすると、介護業界は、ひとりひとりの利用者と向き合う個別性の高い仕事であることを忘れてしまっているのではないか(介護の仕事の本質を見失っているのではないか)と何かしらの違和感であり危機感を覚えるだけである。”VUCA”な介護業界、介護施設、介護の仕事である以上、たとえ介護職員の言葉遣いひとつを取り出してみたとしても、”絶対”という言葉は似つかわしくない。大事なのは、ただ単に職場にいるひとりの介護職員の言葉遣いに焦点を当てる(批判する)ことではなく、それらを複眼的に捉える(管理職としての自分の目だけでなく、その場にいる介護職員、その場にいない介護職員、利用者、その家族の目を持つ)ことで、背景にあるそれぞれの関係性を掴み、それらを起点にして施設全体として介護サービスの質の向上を図っていくことではないだろうか。介護職員の言葉遣いは意外とナイーブな問題につき、批判をたくさん受けそうであるが、、、これらの問題にこそ介護の仕事の難しさが現れているのではないか、管理職としての力量が問われているのではないか、と自分なりの意見を提唱して、今回のブログを締め括ることにする。